科学ジャーナリスト 松浦晋也が聞く!リチウムイオンバッテリー開発者インタビュー

はやぶさ2のバッテリーを作る

小出 和也(こいで かずや)氏

入社してすぐに、はやぶさ2のバッテリー担当に

ー お若いですね。何年入社でしょうか。

小出: 2011年です。大学では磁性体の研究をしていました。就職に当たって、古河電池のホームページで宇宙用電池のことを知り、こういう仕事をしてみたいなと思って就職しました。すぐにリチウムイオンバッテリーのセクションに配属となり、そのままはやぶさ2用のリチウムイオンバッテリーを担当することになりました。といっても、入社すぐの新人でしたから、「自分が開発した」といえるわけではないです。むしろ、はやぶさ2のバッテリーを作るという仕事に参加したことで、自分が職業人として鍛えられたのだと思っています。

ー はやぶさ2のバッテリーにかかりきりだったのでしょうか。

小出: 最初はそうではありませんでした。あっちの仕事、こっちの仕事の掛け持ちの中のひとつが、はやぶさ2用バッテリーだったんです。これは様々な電池の使われ方を身をもって知るという意味で、とても勉強になりました。

ー はやぶさ2は2012年度から開発予算が付いて、本格的にフライトモデルの製造を開始しています。ということは小出さんが参加した時点では、もうかなりバッテリーの設計は進んでいたのではないでしょうか。

小出: そうです。私が入社した時点で、設計はほぼ確定していました。だから私は打ち合わせの会議に入れてもらったりバッテリー製造の現場に入ったりして、お客様との情報共有や折衝、スケジュールや品質の管理や地上での試験などに参加し、オンザジョブトレーニング(OJT)で鍛えてもらったわけです。一番最初が2011年7月に相模原の宇宙研で開催された打ち合わせでしたから、文字通りフライトモデルとともに育てられたといったところです。

#
バッテリーの作り方、試験の方法

ー 具体的にリチウムイオンバッテリーはどのようにして作るのでしょうか。

小出: まず、正極と負極の箔(はく)に正極と負極の物質を塗布するところから始めます。リチウムイオンバッテリーの場合正極はアルミ箔で負極は銅箔ですね。その上に正極と負極の物質を塗っていきます。塗り終えた箔を、所定の寸法に裁断すると、次は正極と負極の間にセパレーターという電解液を含浸させる素材を挟みます。正極/セパレーター/負極というサンドイッチを作るわけです。そのサンドイッチをぐるぐるとだし巻き卵のように巻いていきます。巻き上がった“だし巻き卵”を電池ケースに収めて端子を接続、電解液をセパレーターに染みこませて溶接で蓋をするとバッテリーの完成です。言ってしまえば簡単なのですが、ひとつひとつの工程をきちんと間違いがないようにチェックし、慎重に作っていきます。

ー 電池は各探査機に合わせた専用設計ですよね。だから作るといっても大量生産する一般向け製品と違って、非常に数が少ないのですね。たとえば初代はやぶさだと搭載したバッテリーは11個でした。

小出: 11個積むから、11個だけ作ればいいというわけではなくて、地上試験用も作りますし、また本番用はたくさん作ったものを試験にかけて、良い性能を出したものを選んで探査機に乗せています。どうしても個体ごとのばらつきは出ますから。

試験は、まずバッテリー単体の試験から始まります。きちんと設計通りの容量が得られているか、充電や放電の特性は狙った通りになっているかのチェックから始まり、実際の運用を想定した充放電パターンでシミュレーションまで行います。これでOKとなるとバッテリーを出荷します。はやぶさ2のバッテリーは2013年3月に、この工場から出荷しました。

ー そこで古河電池の仕事はおしまいですか。

小出: いえ。出荷したバッテリーは探査機本体の開発と製造を担当する日本電気さんの手によって、ひとつのモジュールに組み上げられます。私達は組み電池と言っていますが、11個なら11個のバッテリーをつないでひとつのバッテリー・モジュールとするわけです。

それを探査機本体に組み付けると、次は総合試験という試験に入ります。探査機のシステム全体がきちんと動作することを確認する試験ですが、バッテリーもシステムの一部ですから、ここでもう一度試験を受けるわけです。2014年の夏に電気系の試験があり、私がバッテリーの担当者として試験に立ち会いました。ここで初めて探査機の試験というものを知ったのですが、やはりバッテリー単体の試験とは色々違いがありました。「探査機というものは、こうやって試験するのか」と驚きが大きかったです。

そして、探査機を種子島に運び込んでからは、打ち上げ前整備です。これも私が立ち会いました。電池が打ち上げ前に劣化してしまうとまずいので、充電はぎりぎりに行ってほしいと主張し、11月末に充電を行って、2014年12月3日の打ち上げを迎えました。

#
緊張したはやぶさ2の打ち上げ

ー 打ち上げの時は種子島におられたのでしょうか。

小出: いえ、神奈川県相模原市の宇宙研にある管制室に詰めていました。バッテリーにとって打ち上げが最初の本番です。太陽電池パドルが開いて太陽を向くまでは、バッテリーが探査機にとって唯一の電源ですから。「ロケットが飛んでいったからといって安心するな。上がってからが本番なんだから」と言われましたが、それはもう緊張しました。

打ち上げの時、なにかトラブルが起きても余裕を持って対処できるように、バッテリーはフル充電です。打ち上がって、太陽電池からの電力が得られるようになると、劣化の進行を防ぐために、バッテリーの充電レベルを下げます。打ち上げ直後のチェックでは、計画していた以外の放電はなかったか、リークなどの異常はないかなどを細かく調べ、巡航時に予定したところに充電レベルを合わせました。

ー 今もバッテリー担当者として、はやぶさ2の運用に参加しているのでしょうか。

小出: 巡航フェーズに入ってしまえば、バッテリーの出番は当面ありません。この1年で数回、バッテリーが健全かどうかのチェックを行った程度です。探査機から送られてくるのは、電流と電圧のデータだけですから、地味な仕事です。

が、もうすぐ出番が回ってきます。はやぶさ2は12月3日の地球スイングバイで約20分間地球の影を通過します。その間は太陽電池が使えませんから、私達が作ったバッテリーが電力を供給します。この時は、またバッテリー担当者として相模原の管制室に詰めることになっています。

#
地球と宇宙の技術をつなぎたい

ー はやぶさ2のバッテリーに製造と運用の両方から参加した感想はどんなものでしょうか。

小出: 宇宙という言葉から想像されるような華やかさはなく、ずっと地味な仕事が続きましたけれど、ものすごく勉強になりました。宇宙用バッテリーは探査機に合わせてひとつひとつ設計していくものですから、地上用とは全く異なる使用条件に合わせて発生する問題を解決するというカスタマイズの面白さがあると思います。技術者としての腕のふるいがいがあるということです。

ー 将来的にはどんなことをしてみたいですか。

小出: 漠然としているのですが、みんなをあっと言わせるような斬新なバッテリーを開発してみたいです。その中味は?と言われると、まだ自分にも全然見えていないのですけれど。当面の目標は次世代の宇宙用バッテリーをきちんと完成させたいと思っています。現在の宇宙用バッテリーは金属製のケースを使っていますが、次世代用としてラミネート型の開発を始めています。

ー スマートフォンが使っているような、柔らかくて平たい形のバッテリーですね。

小出: ラミネート型だと、バッテリーを衛星のパネルに貼り付けるといった搭載方法が使えるようになり、省スペースになるんです。またバッテリーそのものの重量も軽くできます 。地上の技術と宇宙の技術の間をつなぐことで、バッテリーの進歩を加速していきたいと思います。

松浦晋也
松浦 晋也 (まつうら・しんや)
ノンフィクション作家/科学技術ジャーナリスト
宇宙作家クラブ会員。
1962年東京都出身。
慶應義塾大学理工学部機械工学科卒、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了。
日経BP社記者として、1988年~1992年に宇宙開発の取材に従事。
その他メカニカル・エンジニアリング、パソコン、通信・放送分野などの取材経験を経た後、独立。
宇宙開発、コンピューター・通信、交通論などの分野で取材・執筆活動を行っている。
主な著書
■ 『はやぶさ2の真実 どうなる日本の宇宙探査 』(講談社現代新書) 2014
■ 『小惑星探査機「はやぶさ2」の挑戦』(日経BP社) 2014
■ 『小惑星探査機「はやぶさ」大図鑑』(偕成社) 2012
PAGE TOP