科学ジャーナリスト 松浦晋也が聞く!リチウムイオンバッテリー開発者インタビュー

小惑星探査機「はやぶさ」の電池を開発する

古河電池株式会社 技術開発本部 研究統括部 研究部 課長大登 裕樹(おおと ゆうき)氏

高校時代の夢がよみがえった就職

ー 古河電池は、初代の小惑星探査機「はやぶさ」で、日本初の宇宙用リチウムイオンバッテリーを開発しました。さらに金星探査機「あかつき」、そして「はやぶさ2」でもリチウムイオンバッテリーを開発・製造しています。大登さんは、3機の探査機のバッテリーを開発したことになりますが、そもそも最初から宇宙に興味があったのでしょうか。

大登: そうです。私は、岩手大学工学部の出身で、熊谷直昭先生の研究室でリチウムイオンバッテリーの研究をしていました。就職の時期になったとき、電池の会社を調べると、古河電池がなんと宇宙向け電池の開発と製造もしていると知ったわけですね。実は私は、高校時代から宇宙に非常な憧れを持っていました。将来宇宙関連の仕事をしたいと思っていたんです。自分には無理かな、と思ってあきらめていたのですけれど、古河が宇宙の仕事もしていると知り、昔の夢が甦りました。そこで1996年に古河電池に就職しました。

ー でも会社が宇宙の仕事をしていても、その部門に配属されなければどうしようもありませんよね。

大登: それはもう運が良かったとしかいいようがありません。就職して配属されたのが、リチウムイオンバッテリーの研究開発の部隊でした。すると入社の2ヶ月後に、文部省・宇宙科学研究所(ISAS、現宇宙航空研究開発機構・宇宙科学研究所)から、「衛星や探査機用のリチウムイオンバッテリーを作って欲しい」というオファーがありました。「衛星はこれから軽量化が進む。電池も軽量化が必要だからリチウムイオンバッテリーに切り替えていきたい」というのですね。そこで当時、リチウムイオンの研究の中核だった会社の先輩が、「これは本格的な研究開発になるから、ちょっと大登来い」ということで宇宙用のリチウムイオンバッテリーという新技術を開発する役割が自分に回ってきたんです。宇宙の仕事ができると思うとうれしかったです。

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削りに削って小さく、軽く

ー それは最初から、「はやぶさ」用、当時はまだ名前がついていませんでしたから開発コード名のMUSES-C用、ということで指定されていたのでしょうか。

大登: そうではなく、研究開発の一環でした。MUSES-Cは、最初は従来型のアルカリバッテリーを考えていたものが、重量も容積も減らさなくてはいけないということになって、リチウムイオンバッテリーを搭載することになったそうです。1998年になってMUSES-Cにリチウムイオンバッテリーを開発してほしいという話が来て、そこから実際に探査機に搭載するバッテリーの開発が始まりました。1996年から98年にかけての研究で取得したデータから、「これならばリチウムイオンでもいけそうだ」となったわけです。

実は、アルカリでもリチウムイオンでも、近い容量の電池を作った場合、重量や容積は大きく変わりません。ただし起電力はアルカリが1.2Vであるのに対して、リチウムイオンは3.6Vあります。3Vで動かす電子機器があった場合、リチウムイオンなら1セルで済むところが、アルカリだと3セルを直列でつなぐ必要があります。こうなると容積も重量も1/3ということになって、俄然リチウムイオンが有利になります。

ー 初代はやぶさに搭載したリチウムイオンバッテリーは3.6Vで13.2Ahというものです。これを11個直列につないで搭載しています。この仕様にはどういう意味があるのでしょうか。

大登: ひとことでいうと、「削りに削った結果」です。とにかく軽く作らねばなりませんから、容量は小さくする必要があります。ですから、打ち上げから地球帰還までの間に、どんなところに電池を使う局面があるかを詳細に検討し、それらをすべて余裕を持って満たす最小限の容量が13.2Ahだったんです。この電池を展示会に出すと、「なんでこんな半端な容量なんですか」とよく聞かれるのですが、はやぶさという探査機に合わせて作り込んだ結果なんです。搭載する衛星や探査機に合わせて、一品物として設計製造するというのは宇宙用電池の特徴ですね。

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カスタマーからの要求にどうやって応えていくか

ー そのあたり、もうちょっと詳しく話してもらえますでしょうか。

大登: まずお客様である宇宙研(JAXA)さんから、探査機や衛星の運用期間中の各段階でどの程度の電池の容量が必要であるという要求が出てきます。打ち上げの時に太陽電池パドルが開く前はこれぐらい、惑星間空間を航行している間はあれぐらい、目的地について観測を始めたらどれくらい、といった具合にです。

次に、電池は使っていくと劣化して容量が小さくなっていきます。これを経年劣化といいますが、劣化の進行はどのように電池を充放電するかで決まりますから、この経年劣化分を計算して最初の容量にマージン(予備容量)として乗せます。さらにそこに低温環境下で使用するケースや、高い出力で使用するケースなどで生じる特性の低下分もマージンとして乗せて、最終的な電池の容量が決まります。とはいえ、必要以上にマージンを乗せると大きく重くなってしまいますから、必要にして十分というところまで、ぎりぎりと削っていくわけですね。

初代はやぶさの場合ですと、まず打ち上げ直後の太陽電池パドルが開くまでの運用、次に地球スイングバイ時に地球の陰を通過する際の運用、それから開発時には小惑星に到着してから太陽電池に光が当たらない姿勢で観測を行う計画があったのでそのときの運用と、そしてイトカワ表面へのタッチダウン、と、大きな放電を行うイベントが4つあったので、それから容量を決定しました。実際には太陽電池に光が当たらない姿勢での観測はしませんでしたし、タッチダウン時の放電はほとんどありませんでしたが、そもそも設計時には目的地の小惑星がどんなところか全く分からなかったので、最悪ケースを見込むわけです。

ー 初代はやぶさは、開発が始まってからも目的地の小惑星が二転三転して変わってますからね。

大登: そうやって決まった容量に合わせて電池を設計していきますが、ここで宇宙用は信頼性を重視して可能な限り実績のある材料を使います。例えばリチウムイオンバッテリーの正極の材料にはいくつもの選択肢がありますが、これまではもっとも実績豊富なコバルト系酸化物を使ってきました。携帯電話のバッテリーですと、市場からの高容量化の要求が強いのでどんどん新しい高性能な材料を使いますけれど、宇宙用は全く逆で、性能よりも信頼性重視です。

宇宙用で大変なのは、中身よりも電池ケースなんです。打ち上げ時の振動や衝撃に耐え、かつ真空の宇宙空間で過酷な温度環境の中で気密性を保たなくてはいけません。初代はやぶさのバッテリー開発では、電池ケースがまったくの新しい技術開発となりました。

ー (サンプルの電池ケースを手にとって)ケースは、これは溶接で作っているんですね。

大登: そうです。一枚の金属板を曲げてケース形状にした上で、溶接して作っています。溶接は外注していますが、ここにしかできない高い技術を持った外注さんです。端子部分はセラミックと金属を接合する技術を持っている京セラさんに作ってもらっています。

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宇宙用一品物でも低コスト化を

ー 20年近く宇宙の仕事に携わってこられたわけですが、その面白さはどのあたりにありますか。また、宇宙用バッテリーの次の展開は、どんなものになると考えているのでしょうか。

大登: まず、オーダーメイドの一品物、しかもやり直しがきかない一発勝負ということです。試作を繰り返すというわけにも行きませんし、緊張感のあるこわい仕事ではありますね。開発と製造が同時並行して走るというのも、民生品とは違うところです。次の展開としては、やはり低コスト化を考えなくてはいけないと考えています。衛星・探査機の低コスト化も厳しく言われるようになってきています。いつまでも宇宙用で一品物だから高くても仕方ない、では済まされないでしょう。

松浦晋也
松浦 晋也 (まつうら・しんや)
ノンフィクション作家/科学技術ジャーナリスト
宇宙作家クラブ会員。
1962年東京都出身。
慶應義塾大学理工学部機械工学科卒、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了。
日経BP社記者として、1988年~1992年に宇宙開発の取材に従事。
その他メカニカル・エンジニアリング、パソコン、通信・放送分野などの取材経験を経た後、独立。
宇宙開発、コンピューター・通信、交通論などの分野で取材・執筆活動を行っている。
主な著書
■ 『はやぶさ2の真実 どうなる日本の宇宙探査 』(講談社現代新書) 2014
■ 『小惑星探査機「はやぶさ2」の挑戦』(日経BP社) 2014
■ 『小惑星探査機「はやぶさ」大図鑑』(偕成社) 2012
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